国際的な映画監督として有名な河瀬直美さん。
東京オリンピック2020大会公式映画の監督に就任したことでも話題となりましたね。
今回はそんな河瀬監督の生い立ちや学歴、経歴wikiをまとめてみました。
それでは早速見ていきましょう!
河瀬直美のwikiプロフィールを紹介!生い立ちが複雑?
出典:eiga.com
国際的な女性映画監督として名を馳せる河瀬直美さん。
ここではそんな河瀬監督の「wikipedia風プロフィール」と題してご紹介させて頂きます。
- 名前:河瀬直美
- 生年月日:1969年5月30日
- 年齢:53歳 (2022年6月現在)
- 出身地:奈良県奈良市紀寺町
- 身長:167cm
- 職業:映画監督、脚本家
河瀬直美さんは、1969年5月30日に、奈良県奈良市紀寺町で誕生しました。
実は河瀬直美さんの生い立ちについては、かなり複雑であることが分かっております。
河瀬さんが生まれた時には、ご両親は既に離婚をされていたとのこと。
お腹にいる時から、ご両親は既に別居状態だったみたいですね。
結局、河瀬さんが生まれてから1年ほどしてすぐに離婚されたそうです。
以降は、母とも離別し、子供がいなかった母方の祖母の姉に育てられたとのこと。
母方の祖母は“大迫母夫妻”です
河瀬さんの母親は、大迫母夫妻にまだ幼い河瀬直美さんを預けていたそうですね。
出典:asahi.com
2013年6月の朝日の記事に、河瀬さんの幼少期のエピソードが掲載されておりました。
母親のおなかの中にいるときに両親は離婚。「おじいちゃん」「おばあちゃん」と呼んで慕った母方の大伯母夫妻のもとで育った。県職員で日曜大工の得意なおじいちゃん。食卓にいつもあった、おばあちゃんが毎年漬ける赤くて酸っぱい梅干しの壺。3人でドライブした郊外のショッピングセンター。養父母との生活に、何の不満もなかった。
引用:asahi.com
そして河瀬さんが小学校4年生の時に、この大迫母夫妻と「特別養子縁組」をしたとのこと。
特別養子縁組とは
子どもが生涯に渡り、安定した家庭で特定の大人の愛情に包まれて育つために作られた公的な制度です。
何らかの事情で生みの親が育てることができない子どもを、育ての親に託し、子どもと育ての親は家庭裁判所の審判によって戸籍上も実の親子となることができます。
引用:engumi.florence.or.jp
何か事情があり、実の母親とは関係がなくなってしまったのでしょうか。
いずれにしても、養親の母はとても優しく、河瀬直美さんを大切に育ててくれたそうです。
そのため、河瀬さんもすっかり懐いていたみたいですね。
河瀬直美の学歴まとめ!バスケ部主将を務めた過去も!
出典:myjitsu.jp
続いては河瀬直美さんの経歴や学歴についてまとめてみました。
- 【高校】奈良市立一条高等学校卒業
- 【専門学校】大阪写真専門学校映画科卒業
【高校】奈良市立一条高等学校卒業
河瀬直美さんの出身高校は「奈良市立一条高等学校」です。
当該高校の偏差値を調べたところ、2022年度は”59〜64”ということですので、上位の進学校であることが分かります。
またスポーツが盛んな高校ということで、サッカー部は全国大会出場6回、インターハイ出場6回の実績があるそうです。
写真は高校時代の河瀬さん
河瀬直美さんは中学時代からバスケットボールを初めておられます。
高校時代はバスケ部のキャプテンとして、国体選手にもなっていたそうですね。
河瀬さんは身長167cmと女性にしては大きいですので、高身長を活かして活躍されていたのですね!
【専門学校】大阪写真専門学校映画科卒業
河瀬直美さんは高校卒業後、大学には行かずに「大阪写真専門学校映画科」を卒業しています。
大阪写真専門学校は現在、学校法人・ビジュアルアーツ専門学校となっている模様です。
有名な方だと大森研一さんなど、多数の映画監督や映画作品の関係者を輩出しているとのことでした。
河瀬直美の経歴まとめ!
続いては河瀬直美監督の主な経歴をご紹介していきます。
- 大阪写真専門学校で講師を務める
- 大阪写真専門学校を退職し個人事務所設立
- 主な経歴
大阪写真専門学校で講師を務める
大阪写真専門学校を卒業後は、同校で講師をしながら映像作品を作っていておりました。
特に注目を集めた8mm作品としては、
- 『につつまれて』
- 『かたつもり』
などが挙げられます。
『につつまれて』『かたつむり』は1995年に、河瀬さんの生い立ちを描いた自主制作映画となっております。
山形国際ドキュメンタリー映画祭奨励賞を受賞し、国内外で注目をあつめるようになったとのことでした。
大阪写真専門学校を退職し個人事務所設立
以降、1996年には大阪写真専門学校を退職し、奈良に個人事務所「有限会社組画」を設立しました。
主な経歴
翌年の1997年には『萌の朱雀』でなんと、
“第50回カンヌ国際映画祭カメラ•ドール(新人監督賞)”を受賞!
史上最年少の27歳で受賞したとのことですね!
ちなみに『萌の朱雀』は、河瀬さんがたまたま映画の撮影のために訪れていた中学校で、当時中学生の小野真千子さんに声をかけ、主演に抜擢されたそうですね。
以降の河瀬さんの経歴は以下の通りです。
- 2007年:第60回カンヌ国際映画祭で『殯の森』がグランプリを受賞
- 2009年:第62回カンヌ国際映画祭で、黄金の馬車賞(フランス語版)を、女性•アジア人として初めて受賞
- 2013年:第66回カンヌ国際映画祭コンペティション部門の審査員に選出
- 2017年:『光』が第70回カンヌ国際映画祭コンペティション部に出品
- 2018年、2020年東京オリンピック公式記録映画の指揮(監督)に決定、2022年春公開予定
など国際映画祭でとても高く評価されているそうですね。
また2021年6月4日には、バスケットボール女子日本リーグの会長に就任されております。
地元の男子プロバスケットボールクラブの「バンビシャス奈良」のファンクラブ名誉会員でもあるみたいですよ。
映画監督だけでなく、バスケットボールでも才能を開花されているとは驚きでした。
まとめ
いかがでしたか?
今回は「【wiki】河瀬直美の生い立ち•学歴•経歴まとめ!バスケ部主将を務めた過去も」を紹介してきました。
幼少期から複雑な家庭で育った河瀬直美さん。
かなり壮絶な生い立ちであることが伺えますね。
映画業界とバスケットボール関連の2軸でご活躍されているようで、経歴豊富な印象を受けました。
それでは今回はこれにて失礼します!

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